最新.5-2『着火点』


・フラストレーションの溜まるシーンが続きますがご容赦ください。


惨劇を目の当たりにし、悲鳴を上げる武器D。

隊員K「馬鹿、武器D!」

だが次の瞬間には、隊員Kによって塹壕へと押し込まれた。

隊員K「塹壕の外に身を出すな!施設D士長、奴の姿を確認できるか!?」

施設D「後ろです、後ろにいます!」

塹壕の後ろ側に視線を移すと、ちょうど地面に着地した傭兵の姿が見えた。

隊員K「野郎ッ!」

隊員Kは着地した直後のその無防備な姿を狙い、小銃を構えて発砲する。しかし傭兵は振り向きもせずに大剣だけを振るい、全ての弾を退けて見せた。

隊員K「銃弾が通用しない――施設D士長、てき弾だ!炸裂兵器を使え!」

施設D「了解!」

隊員K「鈴倉一士ッ!無線で応援を要請しろ!」

施設E「はい!」

施設Eは無線機に飛びつく。

施設E「すべての部隊へ、こちらスナップ21!応援を要請する!現在当ユニットは強力な敵の襲撃を受けている!攻撃により武器A三曹が死亡!
    敵は人間離れした動きでこちらを撹乱し、さらに銃弾を剣で弾いて無力化して来る!送れッ!」

そして通信回線を開き、一気にまくし立てた。

補給『スナップ21、もう一度言え。武器A三曹が死亡したといったか?』

施設E「そうです!戦死ですッ!未だに脅威は健在、至急応援をッ!」

叫ぶ施設Eの傍らで、隊員Kはてき弾の準備ができるまでの時間稼ぎとして、傭兵に向けて牽制射撃を続けている。

隊員K「武器E士長、武器D士長!大丈夫か、動けるか!?」

武器D「武器A三曹!こんな……ッ!」

切断された武器Aの上半身を抱え、嗚咽を漏らす武器D。

隊員K「しっかりしろ!嘆くのは後だ、今すべき事をするんだぁッ!」

武器D「ッ――は、はい……!」

隊員Kの問いかけに、武器Dはなんとか返事の声を絞り出す。

隊員K「よし、予備のMINIMIを取れ!前方からも敵は迫ってる、奴らに向けてばら撒き続けろ!」

隊員Kは射撃を続ける傍らで、指示を出してゆく。

隊員K「武器E士長!大丈夫なら武器を取れ、あの大剣持ちの傭兵に向けて牽制射撃だ!」

続けて武器Eへ指示を出す隊員K。しかし、武器Eからの返答は返ってこない。

隊員K「武器Eどうした!負傷したか?なら――」

武器E「――あいつ……うぉあああああッ!」

隊員Kの言葉を遮り、武器Eは唐突に叫び声を上げた。

隊員K「!」

そして次の瞬間、彼は着剣された小銃を掴み、塹壕を飛び出す。向かう先は、あろうことか大剣を持つ敵傭兵の真正面だった。

隊員K「武器Eッ!?馬鹿!」

武器Eの突然の狂行に、声を上げる施設D。

施設D「あいつ、頭に血が登って――」

隊員K「俺が追いかける!」

武器Eを追いかけ、隊員Kが塹壕から飛び出す。

施設D「隊員K三曹!?」

隊員K「武器Eをなんとかあの敵から引き離す、隙があったら撃て!」



大剣を手にする女傭兵、すなわち剣狼隊長は、己の大剣を操り迫りくる銃弾をいとも容易く跳ねのけている。

剣狼隊長「ふむ、どうするか」

突破口を開くべく、部下の傭兵に先んじて塹壕の後ろへ回り込んだ彼女は、敵の目を引き付けながら、次の手を考えていた。

武器E「敵の奇妙な投射器は排除した、いずれ猟犬達が追いつくだろう。それまでここで敵の注意を引き続けてもよいが……」

しかしその時、剣狼隊長の目が、塹壕から飛び出て来る人影を捉えた。

剣狼隊長「敵はあまりのんびりさせてはくれないようだ」

その人影の正体は、他でもない武器Eだ。

武器E「ォオオオオオオッ!」

彼は引き金に指をかけ、小銃を撃ちっ放しにしながら剣狼隊長へ向けて突撃する。

剣狼隊長「っと」

襲い来る銃弾を、剣狼隊長は大剣を盾の代わりにして防ぐ。

剣狼隊長「よし――ッ!」

銃弾を防ぎ切り、構えを解いた剣狼隊長の目の前に、武器Eの姿があった。剣狼隊長の僅かな動作の隙に、彼は刺突攻撃の有効範囲まで接近していた。

武器E「死ねェ!」

そして小銃を握り潰さんがばかりの力で握り、銃剣の切っ先を突き出した。

――が、

武器E「!」

銃剣は空を切る。正面にいたはずの剣狼隊長の姿が、突如消えた。

剣狼隊長「勇敢だが愚かだな」

否、剣狼隊長は頭上にいた。風に舞うような後方転回(バック転)で上空へ逃げ、刺突を回避したのだ。

剣狼隊長「考えのない行動は、隙を産むぞ」

武器E「あ――」

そして空中に浮いたまま、武器E目がけて大剣が振り下ろされる。

隊員K「武器Eッ!」

だが大剣が振り下ろされる直前、声と共に別の人影が割り入った。

剣狼隊長「何?」

現れた人影は武器Eの体を掻っ攫い、その場から消える。そして剣狼隊長の斬撃もまた、空を切る事となった。

武器E「ッ――!」

突然のタックルに、再び地面へ倒れ込む事となった武器E。

隊員K「馬鹿!あいつの危険さが見えてないのか!?」

彼の危機を救ったのは、他でもない隊員Kだ。隊員Kは片手で構えた小銃を剣狼隊長へ向け、牽制のために弾をばら撒く。そして武器Eの服を掴み、彼を引きずりながらその場から退避を始めた。

剣狼隊長「ふむ、今の動きは悪くなかったぞ」

一方の剣狼隊長は、まるで生徒に指導をする教師のような口調で呟きながら、地面へと着地する。

剣狼隊長「だがその後の動きも、もう少し考えるべきだな」

自分から距離を取る隊員K等へ視線を向け、剣を動かそうとする剣狼隊長。だがその瞬間、彼女を包むように爆炎が上がった。



施設E「どう!?」

隊員K等が敵から離れたのを見計らい、施設Eがてき弾を撃ち込んだ。爆炎に包まれる敵影。だが数秒後に爆炎が晴れるとそこからは、大剣を盾とし、攻撃を物ともしていない敵の姿が現れた。

施設E「嘘だろ……」

施設D「ふざけてやがる!施設E、二発目急げ!」

施設E「はい!」

施設Eを次弾装填のために塹壕に引き込ませ、施設DはMINIMIを用いて足止めのための射撃を再開する。

武器D「ありえない、ふざけてる!なんなのよこいつ等は!」

施設D「こっちが知りてぇよ!」

反対側では、武器Dが同じくMINIMIを用いて、前方から迫る傭兵を食い止めている。

武器D「ッ!銃身が焼き付いた、交換する!」

施設D「急げよ、正直余裕は――」

銃身交換に入った武器Dに向けて振り返った施設D。その彼の目に、奇妙な光景が映った。

施設D「……武器D?お前……首のそれ、なんだ?」

武器D「え?」

突然かけられた施設Dの要領の得ない言葉。武器Dは言葉の意味を理解できないまま、自身の首元に視線を落とす。

武器D「――は?」

彼女の首周りを、濃灰色のモヤのような物体が、土星の環のように回っていた。

武器D「嘘……ちょっと!な、何これッ!?」

自身の首元を渦巻く、謎の物体を目にして声を上げる武器D。そして正体不明のモヤを掴もうとしたが、モヤは彼女の手をすり抜けた。回転するモヤは次第にその速度を速め、そして体積を減らしながら彼女の首元へと収束してゆく。

武器D「やだ!なにこれ、嫌だよ!」

施設D「落ち着け武器D!」

正体不明の物体に恐怖を感じ、武器Dは叫ぶ。必死にそれを掴もうともがくも、彼女の手は空を切り続ける。雲状だった謎の物体は、まるで鉄製の首輪のように変形してゆく。回転速度も加速し、ついに内径がチリチリと、武器Dの首に切り傷をつけ出す。

武器D「ひッ!嫌、やだッ!」

顔面蒼白になり、悲鳴を上げる武器D。

施設D「首を守れ!何かで覆って――」

施設Dが言い終える前に、音もなく武器Dの首は切断された。

武器D「ぁ――ょ――」

口の中で、声にならない声を紡いだ武器D。その彼女の頭部が、塹壕の底にごとりと落下した。次いで、頭部を失った体が音を立てて倒れ、首部の切断面から大量の血を噴き出した。

施設D「な――」

施設E「あ、あ……」

目の前の光景に、驚愕する施設Dと施設E。

剣狼魔女「とりあえず一匹ね」

その二人の頭上を、声と共に何者かが通過した。

施設D「ッ!」

その動きの気配を追い、塹壕の背後へ視線を向ける。先の大剣を持つ傭兵の横に、別の人影が降り立った。

剣狼隊長「剣狼魔女か」

剣狼魔女「遊びすぎよ、剣狼隊長」

新たに現れた人影は、子供だった。十代半ばにも満たないと思われる背格好と、夜闇でもひどく目立つおさげの金髪。

剣狼魔女「はぁ、躾の行き届いてない野良は見れたものではないわね」

剣狼隊長「ではお前に躾を手伝ってもらうとしよう」

だが、大剣を持つ傭兵と同じ真っ黒な恰好。そしてこちらを見下すような冷たい笑みと、吐き出される言葉から、敵である事は明らかだった。

施設D「あいつ等ぁッ!」

目の前の存在に、全身が警告を発していたが、それ以上の煮えたぎる怒りが施設Dを動かした。施設Eの持っていた、てき弾が装着された小銃を奪い取り、発砲。撃ち放たれたてき弾が爆炎を上げる。しかし爆炎が晴れると、その場に敵の姿はなかった。二人の敵は上空へ跳躍し、爆炎を優々と回避していた。

施設D「おああああッ!」

施設Dはそれを追うように塹壕から身を乗り出し、雄叫びを上げながら引き金を引き絞った。フルオートで弾がばら撒かれ、弾倉はものの数秒で空になる。撃ち出された弾頭群は空中に逃れた傭兵達へ突き進むも、大剣を持つ傭兵の手で、儚くも退けられてゆく。そして大剣を持つ傭兵は、そのまま流れるように大剣を振りかぶった。それは先ほど、重機関銃を破壊し、武器Aの体を切り裂いた斬撃を放つための動き。

剣狼隊長「ッ!」

剣狼魔女「きゃッ!」

しかし斬撃が振り下ろされる直前、敵の正面で爆発が起こった。

施設D「ッ!」

施設Dの目に、突然巻き起こった爆発で大勢を崩すのが傭兵達の姿が映る。

隊員K『施設Dッ!何してる、死ぬ気か!』

そして同時に、インカムに怒号が飛び込んで来た。

隊員K『武器Eと言い、お前ら揃いも揃って馬鹿かッ!冷静になれ!』

今の爆発は、隊員Kが時間調節を行い投擲した手榴弾の炸裂だった。致命弾にこそならなかったが、炸裂により敵の体勢を崩すことに成功。同時に、隊員K等のいる方向から銃火が上がり出した。

隊員K『下手に一撃を狙おうとするな!継続攻撃で動きを封じろ!』

施設D「ッ――了!」

隊員K等にならい、施設D等も銃撃を開始した。



手榴弾の炸裂により体勢を崩した剣狼隊長と剣狼魔女は、攻撃を中断し守りの体勢を取った。撃ち上げる砲火をそれぞれの得物で振り払いながら、体勢を立て直す。

剣狼魔女「ッ……鬱陶しいわね」

剣狼隊長「あぁ、少々周囲が騒がし過ぎるな」

自分等に向けて行われる十字砲火に、二人は不快そうな表情を作った。

剣狼魔女「静かにさせましょう」

剣狼隊長「そうだな」

重力に引かれ、空中へ舞っていた二人は一度地面へと足を着く。そして着地と同時に足に力を込め、再び跳躍。

剣狼隊長「大地に眠りし時と命の現れよ。猛々しい姿を愚者の前へと見せよ――」

剣狼隊長は再び空中へ舞うと同時に、詠唱を始めた。



隊員Kと武器Eは退避した先で、敵に向けて銃撃を続ける。敵は人間離れした跳躍を続けながら、こちらが撃ち込む弾をことごとく弾き返していた。

武器E「どうすんだ、あんなんッ!」

隊員K「砲火を集中しろ、防御の姿勢を取らせ続けて、隙を与えるな!増援が来るまでこらえるんだ!」

叫びながらも銃撃を続ける隊員K等。しかしその時、突然の振動が二人を襲った。

武器E「――ッ!地震か!?」

隊員K「こんな時に……待て!」

突然の地面の振動に、地震を疑う二人。しかし隊員Kは、地震としては揺れが奇妙である事に気付く。

隊員K「何か妙――ッ!?」

次の瞬間、地面が突然隆起した。その衝撃で隊員Kは吹き飛ばされ、地面に投げだされた。

隊員K「……痛ッ、糞ッ!何だって……武器E、無事かぁ!?」

体に走る鈍い痛みをこらえ、起き上がる隊員K。そして武器Eの名を叫びながら、背後へ振り返る。

隊員K「武器E――」

その瞬間、隊員Kは絶句した。周囲の光景が一変し、彼の眼前には巨大な鉱石の柱が群をなしていた。先の振動と衝撃は、この鉱石群が地中から突き出してきたために起こったものだ。だが今の隊員Kに、そんな事実はどうでもよかった。見上げる彼の視線の先、鉱石の柱の鋭利な頭頂部。

武器E「が――ぁ……!?」

そこに、背中から腹部を貫かれた武器Eの姿があった。

剣狼隊長「ふむ?取りこぼしか」

言葉を失っていた隊員Kのすぐ側で、声が聞こえた。隊員Kが横に目を向けると、そこに降り立つ一人の人影。他でもない剣狼隊長だ。この鉱石群は、彼女の魔法詠唱によるものだった。

剣狼隊長「やはりグラウラスピアは精度にかける、少数相手には向かないな」

呟きながら、鉱石の頭頂部に貫かれた武器Eの体を見上げる剣狼隊長。まるで狩の成果の感想でも述べるかのように。

隊員K「――ッ、てめェ!」

隊員Kは即座に剣狼隊長へ向け小銃を構え、引き金を絞った。だが放たれた弾が到達する直前、剣狼隊長はすかさず頂上へ跳躍。後方転回で銃撃を交わす。そして転回、側転を驚くべく速さで繰り返し、隊員Kとの間合いを詰めてくる。

隊員K「ッ!」

敵影を追いかけ、隊員Kは発砲するが、それはことごとく回避される。そして目前まで迫ると同時に、剣狼隊長の姿が消えた。

隊員K(違う、上――!)

隊員Kは銃口を真上に向けようとする。だが、銃の先端に生じた違和感が、それを阻害した。

隊員K「な!?」

照門の先に見えるはずの照星が見えず、代わりに人の脚部が見える。

剣狼隊長「ふむ、悪くない動きだ」

視線を上げると、構えた照準の、銃身部の上に立つ剣狼隊長の姿があった。

剣狼隊長「おもしろい武器を使う。そして、武器に合わせたであろうその動作も、また興味深い」

隊員K「お前ッ!」

隊員Kは剣狼隊長を振り下ろすべく、銃を振るい上げた。

剣狼隊長「だが個人的な好みを言わせてもらえば……無粋だな」

だがそれより先に剣狼隊長は空中へと逃れる。そして体をくるりと半回転させ、地面へ着地。

隊員K(背中を……!?)

着地直後の剣狼隊長は、あろうことか隊員Kに背後を見せていた。

隊員K「――ッ!」

格好の的だ。隊員Kは着地した剣狼隊長目がけて、引き金を引き絞る。

隊員K「がッ!?」

そして叫び声が上がる。

隊員K「ぁ……かぁ」

叫び声の主は、剣狼隊長ではなく、隊員Kだった。彼の体に、巨大な戦斧が振り下ろされていた。隊員Kの左耳から、首を通って腹筋部分までが両断されている。

剣狼隊長「フッ、良い太刀筋だぞ親狼B」

剣狼隊長は、隊員Kと彼女の間に立つ、戦斧の主の少女に向けて言った。

剣狼隊長「もう隊長ー!わざとらしく隙見せてェ」

親狼Bは剣狼隊長に振り向いて言いながら、得物の戦斧を引き抜く。支えを失った隊員Kの体が音を立てて倒れ、地面を血で染める。

剣狼隊長「たまにはお前に背中を守られるのも、悪くないと思ってな」

剣狼B「!、えっへへ。そう言われると、悪くないですね!」

剣狼隊長が隙を見せたのは、親狼Bの接近に感づいていたからだった。いや、隊員Kも冷静であったならば、新手の接近に気付いていたであろう。だが目の当たりにした仲間の凄惨な死が、彼を煮えたぎらせ、神経を鈍らせた。

剣狼A「剣狼隊長隊長!」

別の方向から、剣狼隊長の名を呼ぶ声がする。振り向けば、こちらへ向かってくる剣狼隊長配下の傭兵他が見えた。塹壕からの銃撃が止んだことにより、釘付け状態から解放された剣狼隊の傭兵達が追いついたのだ。剣狼隊長の周辺に、傭兵達が次々と集まってゆく。

剣狼B「遅いのよ、あんた達」

一番乗りを決めた親狼Bが、追いついた傭兵達に向けて言う。

剣狼C「偉そうに言うなよ!お前だって、隊長が敵を仕留めるまで動けなかったくせに」

剣狼B「い!う、うるさいーいッ!」

剣狼C「うぎゃ!」

親狼Cの言葉に図星を着かれた親狼Bは、腕を振り上げ親狼Cに拳骨を食らわせた。

剣狼隊長「皆無事なようだし、元気も有り余っているようだな。何よりだ」

剣狼A「あはは……」

剣狼隊長がさわやかな表情で発した言葉に、親狼Aは困り笑いで返した。



施設D「冗談だろ……」

施設Dが声を漏らす。鉱石群の隆起現象は、塹壕にも牙を向いた。塹壕直下から突き出した鉱石柱によって塹壕は潰され、施設Dと施設Eは分断された。施設Dはかろうじて脅威を巻逃れていたが、直後に彼の目に飛び込んだのは、向こうで鉱石の先端に貫かれた武器Eの姿だった。

施設E『先輩!施設D先輩、無事ですか!?』

驚愕し言葉を失っていた彼を、インカムから響いた施設Eの声が現実に引き戻す。

施設D「施設Eか!?お前生きてるか!?」

施設E『俺はなんとか……そっちは大丈夫なんですか!?」

施設D「俺は無事だが、武器Eがやられた……隊員K三曹の姿は岩に阻まれて、確認できん」

施設E『そんな……』

突然の超常現象、そして度重なる隊員の死。いよいよもって彼らの心は、危機感と焦燥に染まってゆく。

剣狼魔女「あら、取り損ね?」

施設D「!」

そこへ声がした。施設Dが見上げると、目の前にできた鉱石柱の頭頂部に、剣狼魔女の姿があった。

剣狼魔女「鬱陶しいわね、おとなしく駆除されていればいいものを」

言葉道理、彼女は害虫に対する愚痴でも言うかのような調子で発する。

剣狼魔女「哀れな子犬を教え躾よ。従属の掟に歯向かいし罰を――」

そして相手を冷めた目で見ながら、魔法詠唱を開始する。カラウ・ミリィと呼ばれる、対象の首に霧状の首輪を生成し、首を切断する魔法。先の武器Dを死に至らしめた現象は、この魔法によるものだった。

施設D「施設E――お前は隙見て逃げろ」

施設E『え?』

施設Dはインカムの向こうの施設Eに向けて言う。そしてサスペンダーから手榴弾を掴み取り、ピンとレバーを抜いた。

施設E『ちょっと!?先ぱ――』

施設Eの言葉の続きを聞く前に、通信を切る。そして頭上の敵に向けて、手榴弾を投げ放った。先の隊員Kを真似て、時間調節をして投げ放った手榴弾は、鉱石柱の頭頂部近くで炸裂。しかし剣狼魔女は炸裂よりも早く頭頂部から離れていた。

剣狼魔女「しつこいわね」

優々と炸裂を回避し、軽い身のこなしで地上へ着地。そして詠唱を再開しようとする剣狼魔女。その彼女の目前に、施設Dの姿と、彼が着き出した銃剣の切っ先が飛び込んだ。

剣狼魔女「――ッ!?」

施設Dは剣狼魔女の回避軌道を予測し、着地地点へ先回りしていた。炸裂と詠唱に注意の向いていた剣狼魔女は反応が遅れる。

ほんの一瞬の差だったが、それが大きな隙となった。銃剣の切っ先が剣狼魔女に向けて突き進む。

施設D「死ねェッ!」

ガキッ――と、肉を突き刺す音ではなく、物体同士の接触音が響いた。

施設D「な!?」

突き出された銃剣は、何者かに堰き止められた。施設Dと剣狼魔女、両者の間に何者かが割って入っている。剣狼魔女の使役魔である剣狼少年だった。

剣狼少年「やぁッ!」

彼はおもいっきり剣を振り、施設Dの銃剣を退ける。

剣狼少年「剣狼魔女!大丈夫!?」

敵を振り払うと、少年は振り返り、主の身を案ずる。

剣狼魔女「それより前を見なさい」

剣狼少年の気遣いの言葉に剣狼魔女は端的な言葉で返し、前を指し示して見せる。

剣狼少年「え?――うぐッ!?」

剣狼少年の腹部に鈍痛が走る。すぐさま立て直した施設Dが、剣狼少年目がけて打撃を撃ち込んだのだ。施設Dはそのままさらに踏み込み、怯んだルリン共々、剣狼魔女を突き崩しにかかる。

剣魔A「ふん!」

施設D「ヅッ!?」

だが突如、真横からの衝撃が施設Dを襲った。施設Dの横に現れたのは中年の傭兵。彼の屈強な体躯から放たれた拳骨が施設Dを襲ったのだ。崖縁の方向へ、大きく吹き飛ばされる施設D。

施設D「糞が――」

どうにか踏みとどまり、持ち直そうとする施設D。しかし追い打ちをかけるように、強烈な衝撃が襲った。

施設D「ヅゥッ!?」

落雷だ。崖縁にまるで狙いすましたかのように、落雷が落ちた。

施設D「……ぁ」

ふらついた施設Dは、足を崖縁から踏み外した。そして彼の体は、薄暗い谷間へと落下していった。

剣魔B「よし……!剣狼魔女さん!」

小柄な少女、剣魔Bがその場に現れる。先の落雷は自然現象ではなく、彼女の魔法による攻撃。本当に施設Dを狙って落とされたものだった。

剣魔A「剣狼魔女嬢、ご無事で!」

剣魔Bや中年の傭兵始め、剣狼魔女配下の傭兵達が剣狼魔女の周囲へ駆け付ける。

剣魔A「小僧!甘いぞ!あやうく剣狼魔女嬢の身に何かある所だったではないか!」

剣狼少年「けほっ……す、すみません……」

剣狼少年を叱責する中年の傭兵。

剣狼魔女「……別にいいわよ、無事だったし。次からは気をつけなさい、私の使役魔としてはまだまだ未熟よ」

剣狼少年「う、うん……ごめん」

剣狼魔女の言葉に、剣狼少年は謝罪しながら引き下がった。

剣狼隊長「剣狼魔女、そちらも落ち着いたようだな」

タイミングを見計らったかのように、剣狼隊長が配下の傭兵達と共に歩いて来る。

剣狼艶女「ざんね〜ん。いいとこもってかれちゃったみたいね〜」

剣狼隊長の横には副隊長格の一人である剣狼艶女の姿もあり、

緊張感の無い声色を上げる。

剣狼隊長「周囲には剣狼艶女の猟犬達が回ってくれたそうだ。とりあえずこの場はなんとかなったと見ていいだろう」

剣狼魔女「ちっぽけな場所に、思ったよりも手間を取られたわね」

やや機嫌悪そうに剣狼魔女は呟く。

剣狼隊長「準備運動にはちょうど良かったな。しかし、奇妙な武器や道具を使う者達だった。逃げ帰ってきた翔狼隊の者達の言葉……あながち妄言でもなさそうだ」

考えを巡らせながら、剣狼隊長は戦闘によって乱れた服装を直す。

剣狼隊長「んっ……やはり少しきついな」

装具を直すために身をよじる剣狼隊長。

剣狼A「うわ……」

皮服によってラインの強調された体が艶めかしく動く様子は、傭兵達の目を引き付けた。

剣狼C「なんか……やばい気持ちになってくるな……」

剣狼A「すごいよね。あれだけの強さを持つ人なのに、あんなに……その、艶やかな……」

親狼Cや親狼Aを始め、傭兵達は顔を赤くしながら視線を奪われている。ある者はそのまま見惚れ、ある者は目のやり場に困り視線を泳がせる。

剣狼B「こらぁ、男共!やらしい目で隊長を見るなッ!」

親狼Bが声を上げ、傭兵達は赤らめた顔を慌ててそむけた。

剣狼D「隊長」

服装を整え終えた剣狼隊長の元へ、若い傭兵の一人の親狼Dが駆け寄る。

剣狼隊長「親狼Dか、我が方の被害状況は?」

剣狼D「数名負傷がでましたが、治癒魔法で治療中です。我々の行動には影響ありません」

剣狼隊長「そうか。では整い次第、次の行動に移るとしよう」



施設E(嘘だろ、先輩……!)

周囲を制圧し終えて集結し、余裕すら見せるやり取りをしている傭兵達を、施設Eは影から観察していた。遠くには鉱石に貫かれた武器Eの体が見える、そして立った今、施設Dが落雷に打たれ、崖下へ落下してゆくのが見えた。

施設E(クソ……俺だけじゃ無理だ)

残された彼一人での事態の打開は困難を極める。施設Eは苦渋の思いで撤退を決断した。

施設E「せめて先輩を……」

撤退に際し、崖下に落下した施設Dだけでも回収すべく、思考を巡らす。

施設E(少し行けば、崖が比較的なだらかになってる所があった。そこから降りれるはず……よし!)

施設Eは意を決して、鉱石柱の影から飛び出す。

施設E(大丈夫、すぐに着く――!)

崖の縁を目指して全力で走る。

施設E「あ!?――ッぅ!」

しかし何かに蹴躓き、転倒。濡れた地面へ体を打ち付け、痛みに体を声を上げる。

剣魔D「くすくす」

悶える施設Eの背後から、人の気配と笑い声がする。そこに、剣狼魔女配下のセミショートの女の姿があった。施設Eは蹴躓いたのではない。この女に足を引っかけられたのだ。

剣魔C「何逃げようとしてんだよー?」

施設E「ぐぅッ!?」

セミショートの女は倒れた施設Eへと近づくと、ふざけた口調で言いながら、彼の背中を踏みつけた。

剣魔D「仲間を置いて逃げるなんて薄情な子ね」

さらに脇から、長身で髪の長い女が近づいて来る。現れた二人の女は、どちらも嘲笑うような笑みを浮かべていた。

剣魔C「おら、こいっ」

施設Eはセミショートの女に襟首を掴まれ、引きずられてゆく。

剣魔D「剣狼魔女、剣狼隊長隊長?何か怯えて逃げ出そうとしてた、子犬ちゃんを見つけたんだけど?」

施設E「つぅッ!」

施設Eは体を引きずり出され、傭兵達の前へと地面へ投げ出された。

剣狼魔女「あら、まだ生き残りがいたの?」

傭兵達の視線が、一斉に施設Eへと集中する。

剣狼隊長「ほう」

その傭兵達をかき分けて、剣狼隊長が施設Eの前に立った。

施設E(ッ!コイツ……大剣を振り回してたバケモノ……!)

今し方自分等をほとんど壊滅にに追いやった脅威的な存在を目の前にして、施設Eの体は強張る。

剣狼隊長「聞こう、お前たちは何者だ?」

傭兵達の中央にいる剣狼隊長は、施設Eに問いかける。

施設E「お前らッ!先輩達を――痛ッ!?」

剣魔C「今、隊長が質問してんの。勝手に吠えてんじゃないわよ」

セミショートの女が、声を上げようとした施設Eの髪を掴み上げる。

剣狼隊長「少し待て」

だが、剣狼隊長がセミショートの女を差し止めた。彼女は施設Eの前へ近寄ると、身を屈ませ、彼の顔を覗き込む。

剣狼隊長「ふむ……この状況下でなお、目には闘志が灯っている。よい精神だ、育てれば良い猟犬となるやもな」

言いながら剣狼隊長は施設Eの顎に指先を伸ばす。

剣狼隊長「失うには惜しい素質だ……どうだ?もし望むのであれば、君を猟犬として迎え入れよう」

剣狼隊長は端麗な表情に笑みを浮かべ、凛とした瞳で施設Eの目を見つめて言った。

施設E「……くくく」

剣狼隊長「?」

しばらくの沈黙の後に、施設Eが漏らしたのは小さな笑い声。

施設E「……お姉さん、見た目は綺麗だけど脳味噌はかなり小っちゃいみたいだね?そんなんで人の心が動くと思ったの?」

そして施設Eは口角を上げ、剣狼隊長に対しての煽り文句を紡ぎ出した。

施設E「普通、他人を犬だの何だの好き放題言うような奴に靡くわけないでしょ?ちょっと考えれば分かんない?……あぁー!ひょっとして後ろのお仲間さん達のせい?
    その人達、その見てくれに欲情して、コロッと靡いちゃったのかな?『ふぁぁ、あなたこそボクちんのご主人様にふさわしい人ですぅ』とかなんとか言って。
    そんな下半身忠犬ばっかり相手にしてきたから、お姉さんのちっちゃい脳味噌は勘違いしちゃったんだねぇ?くく……かわいそぉ」

煽り言葉の締めくくりに、施設Eは剣狼隊長を憐れむような目で見つめ、嘲笑ってみせた。

施設E「ぐぅッ!?」

直後、施設Eの体に鈍痛が走る。

剣狼G「貴様、隊長に向かってなんて事を!」

剣艶B「調子に乗ってんじゃねーぞ!」

周囲の傭兵達が敵意が、一斉に施設Eへと向いた。傭兵達が寄ってたかり、施設Eの体を蹴りつけ出す。

剣狼隊長「お前達、品の無い真似はよせ」

傭兵達の手で、一度施設Eから遠ざけられていた剣狼隊長が、傭兵達を制する言葉を発する。

剣狼隊長「私の目もまだまだのようだな。猟犬となるには、少々気性が荒すぎる野犬のようだ」

暴行を加えていた傭兵達を下がらせ、再度施設Eの姿を見下ろす剣狼隊長。そして次の瞬間、施設Eの顔面すれすれに、彼女の手にしていた大剣が突き立てられた。

施設E「ッ……!?」

剣狼隊長「では、不本意ではあるがそれ相応の躾をせねばならんな」

剣狼隊長は顔から笑みを消し、冷酷な声で言い放った。

剣狼A「うわ、隊長怒ってるよ……」

剣狼B「当然。隊長が温情を与えてくれたってのに、あんな態度を取ったんだもの」

剣狼C「バカな奴だ」

その様子を遠巻きに見ていた若い傭兵達が、ひそひそと会話を交わす。

剣狼D「隊長」

剣狼隊長「親狼Dか、どうした?」

剣狼D「報告です。衛狼隊が向こうで苦戦しているようです」

剣狼隊長「ふむ、予定ではこのまま崖に沿って進撃するつもりだったが……手を貸してやる必要がありそうだな。剣狼隊集合!」

報告を受け、剣狼隊長が号令をかける。

剣狼隊長「私と剣狼艶女の隊で衛狼隊を助けに行くぞ。剣狼魔女の隊はここで待機、別方向からの動きを警戒しろ。それと、この野犬の躾を任せよう。なにか聞き出せると良いな」

剣狼魔女「分かったわ」

剣狼隊長の指示に剣狼魔女はうなずく。

剣狼隊長「私が猟犬達を率いて、衛狼隊を攻撃している敵を叩く。剣狼艶女、お前は衛狼隊は援護に回ってくれ」

剣狼艶女「うーん、剣狼隊長ちゃん。私達だけで、衛狼隊をちょっときびしいかも〜」

剣狼艶女は緊張感の無い声で、指示に難色を示す。

剣狼魔女「それなら、私の猟犬を貸すわ」

剣狼艶女「え〜?うれしいけど、剣狼魔女ちゃんの所の人数が減っちゃうわよ、大丈夫〜?」

剣狼魔女「ふん。奇妙な武器を使うけど、どうせこの程度の実力の敵よ。私と数人でなんとかなるわ」

剣狼魔女は地面に押さえつけられている施設Eを一瞥し、ぶっきらぼうに言い放つ。

剣狼隊長「ふむ、分かった。だが油断はするなよ」

剣狼隊長は突き立てた大剣を引き抜き、背中に構える。

剣狼隊長「よし!聞いていたな猟犬達よ、衛狼隊を援護に向かう。羊に突き立てる牙の準備はいいか!?」

剣狼隊長の号令で傭兵達は再び沸き立つ。

剣狼隊長「行くぞ!」

剣狼隊長を筆頭に、剣狼隊の傭兵達は跳躍。かろやかに崖を飛び降り、対岸を目指す。



衛狼隊長「……」

衛狼隊長、衛狼隊長は地面に空いた穴に身を潜めている。そして彼は今、外の様子をうかがうために、穴の縁から顔を出そうとしていた。

衛狼隊長「――ッ!」

彼の目線が穴の外縁まで上がった瞬間、それを待ち伏せていたかのように、すぐ近くで爆炎が上がった。

衛狼A「隊長、危険です!」

衛狼隊長は側近の傭兵衛狼Aの手によって、穴に再び引きずり込まれた。

衛狼隊長「糞!頭を上げることもままならねぇ!」

地面にできた穴の中には、衛狼隊長衛狼隊長を含む数名の傭兵が身を隠していた。親狼隊を救出すべく進撃した彼ら衛狼隊は、谷の半ばまで差し掛かった所で爆炎攻撃に襲われた。最初の一撃を皮切りに、爆炎や鏃が執拗に彼らの頭上に降り注ぎ、ごく短時間の間に彼らは大きな損害を被る事となった。かろうじてそれらの攻撃を逃れる事のできた者達は、爆炎攻撃によって各所にできた穴に、散会して身を隠した。皮肉にも彼らを襲った攻撃によりできた穴が、今の彼らの砦となっていた。

衛狼隊長「魔法防御が効力を成してねぇ……親狼隊はこれにやられたのかッ!」

彼らの頭上には、先の戦闘で親狼隊が用いた物と同様の、ドーム状の魔法結界が展開されている。だが敵の放つ爆炎魔攻撃はドームを悠々と素通りし、彼らに牙を剥き続けている。

衛狼隊長「こっちからの攻撃はどうなってんだ!?スティアレイナは!?」

衛狼隊長は穴の中央で魔導書を広げている術師達に問いかける。

衛狼術師「発動は続けています!しかしこの状況です……連携も取らず、補助魔法も無しに降らせるスティアレイナなど、効力はたかが知れています!」

衛狼隊長「ああ、糞……ッ!」

攻撃魔法スティアレイナは複数の術師の連携をもってすれば、強力な制圧魔法となる。しかし絶え間なく続く攻撃によって、再編成もままならず釘付けとなっている今の彼らに、連携しての攻撃など土台無理な話だった。

衛狼隊長「剣狼隊への伝令は!?」

衛狼A「さっき二度目を行かせました!しかし、この状況下で到達できたかどうか……!」

衛狼隊長「糞ッ!どうする……どうすりゃここを突破できる!?」

焦燥に駆られながらも、考えを巡らす衛狼隊長。しかしその瞬間、穴の近くでまたしても爆炎が上がる。

衛狼隊長「ヅッ!?」

その爆風により飛散した破片の一つが、穴の中へと飛び込み、衛狼隊長のこめかみ付近に直撃した。弱くはない打撃に衛狼隊長は頭を揺さぶられる、血が流れる。

衛狼隊長「……の野郎ォッ!舐めやがって糞がァッ!」

焦燥に追われていた所に突如襲い掛かった痛みは、衛狼隊長の頭に血を登らせた。その次の瞬間、彼は抜剣。己の剣を片手に、怒号を上げながら爆炎渦巻く穴の外へ飛び出そうとした。

衛狼A「な!?隊長ッ!」

真っ先にそれを見止めた衛狼Aが、衛狼隊長の腰に抱き着いてそれを止めにかかった。

衛狼隊長「糞がァッ!ふざけやがってッ!俺の仲間どんだけ殺す気だぁッ!」

降り注ぎ続ける一方的で理不尽な暴力を前に、衛狼隊長は目を血走らせて凄まじい剣幕で叫ぶ。そのまま敵に向けて突貫せんとする勢いだったが、傭兵達が数人がかりで抑え込み、衛狼隊長は再び穴へと引きずり込まれた。

衛狼隊長「糞がァッ!降りてこい、ぶっ殺してやらァッ!」

衛狼B「隊長……ッ!落ち着いて下さい!」

衛狼C「押さえろ、傷が確認できない……!」

興奮さめ止まぬ衛狼隊長は、怒号を吐き散らし続ける。傭兵達はそんな彼を抑え込みながら、彼への応急処置に取り掛かる。

衛狼A(……ひどい)

側近の傭兵衛狼Aは、悲観に染まった顔で、横からその様子を眺めていた。

衛狼A(こんな状態で突破なんて、ましてや親狼隊の救出なんて到底無理よ……そもそも、この状況じゃ親狼隊は恐らく既に……)

立て続けに巻き起こる惨劇に、彼女の頭は悲観的な考えで埋め尽くされてゆく。

衛狼A(撤退しようにも、味方が散らばり過ぎてそのための連携すら取れない……どうすれば――!)

だがその時、その思考を断ち切るように、彼女の耳が音を捉える。風を切るような薄気味悪い音。この短い時間の間に、耳にこびりついた死の音色。この音の後に続くのは、人の体を容易に引き裂く爆炎の暴力だ。

衛狼A「伏せて!また来るッ!」

衛狼Aは声を張り上げ、傭兵達は身を屈める。その直後、炸裂音が響き渡った。

衛狼A「………?」

衛狼Aは妙な感覚を覚えた。耳に届いた炸裂音は控えめで、身を裂くような衝撃も無い。そして顔を上げると、周囲に白い煙が立ち上がり出していた。




数分前。第2攻撃壕では苛烈な戦闘が続いていた。塹壕の周辺には、ツララ状の鉱石がそこかしこに突き刺さっている。先の第1攻撃壕での戦闘で敵の傭兵隊が用いた物と同様の、魔法攻撃の跡だ。さらに、火炎弾による攻撃も加わり、周囲の芝生は焼け焦げている。しかし、こちら側の損害はまだ軽微な方だった。

同僚「……酷い」

眼下に視線を向けた同僚が、言葉を漏らす。崖の下では阿鼻叫喚の絵図が広がっていた。そこかしこが迫撃砲弾の着弾により掘り返され、砲弾や機関銃弾の餌食となった傭兵の亡骸が、無数に散らばっている。惨劇を目の当たりにした彼女の顔は、青く染まっていた。

隊員C「おぉい!敵がしつけぇぞ、いつまで続くんだよ!?」

同僚の心情をよそに、脇で隊員Cが声を荒げながら、重機関銃の銃身を交換している。敵は砲撃と制圧射撃により、組織だった反抗こそして来てはいないが、弓撃や魔法による散発的な抵抗は依然として続いていた。

支援A「ヘイヨォ、よろしくねぇ雲行きなんじゃねぇかぁ?こっちの敵ちゃんズもしつけぇし、何よりも向こうの施設大隊の連中がピンチなんだろぉ?」

隊員C「嫌ぁな予感がプンプンしやがる」

つい先ほど無線に飛び込んで来た、対岸の第21観測壕からの救援要請。第21観測壕の危機を耳にし、支援A等は焦燥に駆られていた。

補給『L2応答しろ、L1補給だ。そちらの状況知らせ』

そんな彼らの元へ、今度は補給からの無線通信が飛び込んで来た。

隊員G「隊員Gです、L2は未だ交戦中。先ほど迫撃砲支援の第9派が着弾、現在も壕からの攻撃は継続中、しかし敵の抵抗止まず――補給二曹、第21観測壕の状況はどうなってるんです?」

こちらの現状を報告した隊員Gは、それに続けて第21観測壕の状況を尋ねる。

補給『落ち着け、順を追って説明する。まず、そちらの敵の状態を詳しく教えろ。戦闘継続能力は?まだ進行可能な程の余力を残しているのか?』

隊員G「いえ、砲撃により相当痛手を与えています。抵抗こそ続いていますが、少なくとも作戦継続能力は削いだはずです」

隊員Gは手鏡を塹壕の外に突き出し、崖下を観察しながら伝える。

補給『よし、L2よく聞け。今から迫撃砲部隊が、そちらの周辺にスモークを混ぜた阻止砲撃を行う。L2はその間に第2攻撃壕を放棄、A1攻撃線まで後退しろ』

隊員G「は、後退!?今このタイミングでですか?」

補給の唐突な後退指示に、隊員Gは表情を怪訝なものにし、疑問の声を上げる。

補給『隊員G三曹、落ち着いて聞け。第21観測壕のスナップ21だが、先の救援要請を最後に交信が途絶した』

隊員G「何ですって!?」

隊員D(!)

疑問の声に対して返って来た補給からの知らせに、隊員Gは驚愕する。そして、無線でのやり取りを横で聞いていた、隊員Dの顔が強張る。

隊員G「通信が途絶?むこうで何が起こってるんです!?」

補給『皆目不明だ。だがこちらでは最悪の事態を想定している、第21観測壕はおそらくは壊滅に近い状態にあると思われる。ここまで言えば分かるな?第21観測壕の壊滅を前提とした場合、同攻撃線上にある君らの第2攻撃壕も危険だ。L2はただちに第2攻撃壕を放棄し、A1攻撃線まで後退。第11観測壕のスナップ11と合流し、体制を再構築しろ』

隊員G「……了解。第21観測壕への救援は?」

補給『すでにこちらで進めている。現在、第21観測壕への増援分隊を編成中。ペンデュラムにもヘリコプターの支援を要請した。準備が整い次第、こちらから第21観測壕の救援に向かう』

自衛「待った」

その時、やり取りに別の声が割って入った。声の主は他でもない自衛だ。自衛は隊員Gが持っていた無線のマイクを、横から引っ手繰る。

隊員G「ちょ、おい!」

その行為を隊員Gは咎めるが、自衛は構わず話し始めた。

自衛「補給二曹、ヘリは待機させてください」

補給『何?』

突然の進言に、補給の怪訝な声が聞こえてくる。

自衛「さっきの救援要請で、敵は超人的な動きをしてると言ってた。そいつぁ勇者かもしれません」

同僚「!」

勇者というワードに、隣にいた同僚が目を見開く。

補給『勇者……報告は聞いた、何度か目撃された人間離れした能力を持つ存在だな?そんな存在がスナップ21を襲っているなら、なおさら強力な支援が必要じゃないのか?』

自衛「強力な支援が必要なのは確かです、だがヘリは適切じゃない。
 奴等は馬鹿げた跳躍力を持ってます。ヘリの飛行高度ならジャンプ一つで優に飛びあがるでしょう」

補給『何だと?』

自衛「バカげてるのは攻撃力もです。剣の一振りで、家屋や岩くらいなら悠々とぶっ潰します。おまけに他にも、得体の知れない気色悪い能力を持ってるかもしれません」

補給『………少なくとも今の環境で、ヘリコプターとの相性は最悪だという事か』

自衛「そういう事です」

補給『分かった、仕方がない。ヘリコプターの支援はキャンセルする。こちらは施設作業車を表に立てて、第21観測壕の救援に向かう。何にせよ、そちらはただちにその場から退避しろ』

自衛「待った」

通信を終えようとした補給だったが、自衛が再び待ったをかけた。

補給『何だ?』

状況が状況なだけに、呼び止められた補給は若干イラついた声を返すが、自衛は構わず続けた。

自衛「いきなり奴らに正面からぶつかるのはリスクがでかい。付け焼刃でよけりゃ、一クッション挟めるプランがあります」

補給『……言ってみろ』

自衛「こっちから一組が第21観測壕に先行。居座ってる脅威存在を煽って釣り上げ、そのまま引きずり回します。主力増援分隊はその間に、スナップ21を回収して下さい」

隊員C「ちょ、待てや!冗談だろッ!?」

自衛の進言を端で聞いていた隊員Cが声を上げる。

補給『危険だ』

自衛「えぇ、でしょう。だが、いきなり主力をぶち込むよりゃ、ソフトに行くはずです」

補給『……脅威存在を引き離し、引きずり回すと言ったがその後は?勝算はあるのか?』

自衛「一応は」

補給『……いいだろう。自衛士長、別行動を許可する。その際の無線識別は?エピック=Aいいな?』

自衛「了解。隊員G三曹、失礼しました」

やり取りが終わると、自衛は無線のマイクを押し付けるように隊員Gに返した。

自衛「よし、聞いたな?同僚、隊員C、投、俺と行くぞ。準備しろ」

同僚「んな!?」

隊員C「嘘だろッ!」

支援A「ファーオ!マぁジかい!?」

自衛から名指しされた三名は、それぞれの反応を返す。同僚と隊員Cに関しては、顔をおもいっきり歪めていた。

隊員C「オォイ、気は確かかぁ?その勇者だかなんだか知らねぇが、そいつはべらぼうに洒落にならねぇ存在なんだろ!?」

危険な作戦に付き合わされることになった隊員Cは、自衛に食って掛かる。

自衛「全体像は未だ未知数だが、飛んだり跳ねたり弾けたりと、危険な存在なのは確かだ。今までは味方だったが、とうとう敵に現れやがった。まぁ、時間の問題だったようだがな」

隊員C「他人事のようにシレっと言ってんなよ!?そのやべぇ奴が暴れ腐ってる所に、足を踏み入れようってんだぞ!?どんだけの博打打とうとしてんのか、ちゃんとビジョンとして頭に浮かんでんだろうな!?」

自衛「具体的に浮かんでるさ。この目で一度みてるからな」

捲し立てた隊員Cに対して、自衛は端的にそう答えた。

自衛「言ったろ、プランなら有る。第一、向こうの連中をみすみす見捨てるつもりか?」

隊員C「そうは言ってねぇけどよ……!」

自衛「気は済んだか?グズグズしてる暇はねぇ、準備しろ」

隊員C「……最悪だッ!」

選択肢が無い事を察した隊員Cは、議論を止めて吐き捨てた。

同僚(本当にな……)

そして隊員Cの吐き捨てた言葉に、同僚は内心で同意した。

自衛「隊員G三曹、そういうわけです。俺が数人連れて第21観測壕に行きます。三曹はこっちの放棄撤退の指揮を」

隊員G「お前……本当に大丈夫なんだろうな!?」

何食わぬ顔で言ってのけた自衛に対して、隊員Gは険しい顔で問いかける。

自衛「考えはあります。まぁ、こんな事態ですから、どうだろうと、やるしかねぇようです」

隊員G「……はぁ。隊員D、隊員F、衛隊B、我々は撤収準備だ」

隊員Gは観念したかのように、残りの隊員に指示を出し始める。

隊員G「弾薬を最優先に持ち出せ。重機は本体のみで三脚類は置いて――」

隊員D「待った、待ってください!」

だが隊員Gの指示を遮り、隊員Dが声を上げた。

隊員D「士長、俺も一緒に行きます!」

自衛「お前は残れ、撤収にもいくらか人手が要る」

先行班への同行を名乗り出た隊員Dだったが、自衛はそれを拒否する。

隊員D「向こうには俺のダチや後輩がいるんです!強引にでも――!」

自衛「落ち着け」

拒否されても険しい顔で食って掛かる隊員Dを、自衛は淡々とした口調で宥める。

自衛「俺等がやるのは敵の引きずり回しだ。第21観測壕の連中を実際に拾うのは、向こうの増援本隊がやる。ダチを救いたいってんなら、撤退作業を完了してから増援本体の方に合流しろ」

隊員D「……」

自衛「おめぇの気持ち話わかる、だが冷静になれ。俺等が敵を引き剥がすまで様子を見ろ」

隊員D「……了解」

隊員Dは焦燥感を振り切れない様子だったが、自衛の言葉を承諾した。

自衛「よし。お前ぇら、準備いいか?」

自衛は同僚等に聞きながら、塹壕の隅に積載された工具類を漁りだす。

同僚「……なんのために?」

自衛がそこから取り出した獲物に、同僚は顔を顰めながら聞く。

自衛「コケ脅しさ」

一言答え、自衛は取り出したチェーンソーのエンジンをかけた。


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